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仙台高等裁判所 昭和22年(ナ)5号 判決 1948年3月12日

主文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負擔とする。

事実

原告訴訟代理人は「秋田縣選擧管理委員會が昭和二十二年四月三十日施行の秋田縣雄勝郡横堀町會議員選擧の効力に關して原告のした訴願に對し同年七月七日した裁決はこれを取消する右選擧において大場鶴藏を當選人と定めた部分を無効とする」との判決を求めその請求の原因として次の通り述べた。

原告は昭和二十二年四月三十日施行の秋田縣雄勝郡横堀町會議員選擧に立候補したが開票の結果他の候補者大場鶴藏と同數の五十四票の得票と認められ両名の間で最下位の當選人を定めるため抽籤をした結果大場鶴藏が當選人と定められ原告は落選した。そこで原告は同年五月二日右選擧の一部無効であることを理由として同町選擧管理委員會に異議を申立てたところ同委員會は同月八日右異議却下の決定をしたので原告はこれを不服として同月十三日更に秋田縣選擧管理委員會に訴願したが同委員會は同年七月七日右訴願を理由なしとして却下する旨の裁決をし右裁決書は同月二十二日原告に交付されたけれども右横堀町會議員選擧は左の事由により選擧の一部即ち大場鶴藏を當選人と定めた部分について無効のものである。即ち、(一)候補者大場鶴藏に對する有効投票と認められたものの中には「大場ツル三」と記載した下部に不明の記載をした一票(檢甲第一號證)があつて右不明の記載は文字ではないから右一票は他事を記入した無効のものである。假に右不明の記載が文字であつて「君」の字と判讀できるとしてもこのような所謂うそ字は候補者と意思を通じて書かれる場合があつて右の記載もかような場合に屬するかもわからないのであるからこれを無効とせねばならない。また右文字(假に文字であるとして)には文字の構成部分とは見られない一本の線(鑑定人加藤豊一郞作成の鑑定書記載ニヨタレの部分)が書かれてあつて右線は文字を書く前か又は書き終へた後にこれを書いたものとみられるから明かに候補者と意思を通じて書いた符合であつて他事記載の投票というべきであり假に右の線がかような積りで書かれたものでないにしても候補者と意思を通じてかような線を書く場合もあり得るのであるからかかる投票は選擧の本質上無効とすべきである。更に「大場ツル三」の文字は逹筆であるが「大場」と漢字で「ツル」と片假名で「三」とあて字で書き最後に得體の知れない記載をしたのは極めて不眞面目な態度で書いたものというべきであつてかかる投票は無効とすべきものである。(二)また右の外に候補者大場鶴藏に對する有効投票と認められたものの中には「大場鶴藏」の「藏」の字の左側に點『〓』を書いた一票(檢甲第二號證)があつて右の點は氏名の記載と關係なしにうたれたものであるから右一票は他事を記入した無効のものである。然るに右二票の無効投票を有効投票としたのは選擧の規定に違反したものでしかも右二票を最下位の當選人と定められた大場鶴藏の得票五十四票から控除すると同人の得票は五十二票となり原告の得票五十四票よりも二票少くなるから當然原告が當選人となるべきであつて即ち選擧の結果に異動を及ぼすものである。故に右選擧の一部即ち大場鶴藏を當選人と定めた部分は無効である。よつて原告は被告に對し前記裁決の取消及び選擧の一部無効であることの判決を求めるため本訴を提起したものである。

被告代理人は主文同旨の判決を求め答辯として次の通り述べた。

原告が昭和二十二年四月三十日施行の秋田縣雄勝郡横堀町會議員選擧に立候補し開票の結果他の候補者大場鶴藏と同じく五十四票の得票となり抽籤で大場鶴藏が當選人と定められ原告が落選したこと、原告がその主張のような經過により秋田縣選擧管理委員會に訴願し同委員會が同年七月七日右訴願を理由なしとして却下する旨の裁決をし同月二十二日右裁決書が原告に交付されたことはいずれもこれを認める。次に(一)候補者大場鶴藏に對する有効投票と認められたものの中に「大場ツル三」と記載した下部に一字を記載した一票(檢甲第一號證)のあることはこれを認めるが右は「君」の字であることが明かであつて氏名の下に敬稱の類を記載したものであるから右一票は他事を記入したものではなく有効である。即ち投票の効力の判定は個々の文字の正誤又は完否だけで決すべきでなく記載の全體について選擧人の意思がどうであるかを判斷して決すべきであつて前記の文字は大きさからみて明かに漢字の一字でありその形状及び字劃からみても「君」の字と讀むのが自然であるばかりでなく記載の全體についてその筆跡筆勢からみても氏名の下に敬稱「君」の字を書いたものであつて誠實の感じをこそ受けるが侮蔑又はたわむれの感じは少しも受けない。よつて右一票は他事を記入したものではないのである。(二)また原告において「大場鶴藏」の「藏」の字の左側に『〓』を書いたものであると指摘する一票(檢甲第二號證)が右候補者の得票中に算入されていることは認めるが右に所謂『〓』なるものは「藏」の字の一部であること明かであるから右一票は他事を記入したものではなく有効である。從つて右二票が無効投票であることを前提とする原告の請求は失當である。

(立證省略)

理由

原告が昭和二十二年四月三十日施行の秋田縣雄勝郡横堀町會議員選擧に立候補し開票の結果他の候補者大場鶴藏と同數の五十四票の得票と認められ抽籤の結果大場鶴藏が當選人と定められ原告が落選したこと、原告がその主張のような經過により秋田縣選擧管理委員會に訴願し同委員會が同年七月七日右訴願を理由なしとして却下する旨の裁決をし同月二十二日右裁決書が原告に交付されたことはいずれも當事者間に爭のないところである。よつて以下原告が無効投票であると主張する各票について順次考察する。

(一)候補者大場鶴藏に對する有効投票と認められたものの中「大場ツル三」と記載した下部に係爭の記載のある一票(檢甲第一號證)のあることは被告の認めるところである。そこで右の投票に該當する檢甲第一號證の檢證及び鑑定人加藤豊一郞の鑑定の結果に基いて考察すると右は黒色の鉛筆で記載したもので「大場ツル三」の記載は本件の選擧において右候補者大場鶴藏の外に同姓同音名の候補者のあつたことの認められない限り同候補者の氏名を記載した趣旨であることは明かであるがその下部の記載は多少明瞭を缺く嫌いがないとはいはれないけれどもこの部分はその大きさ前五文字と略々等しく形状字劃及び運筆の順序などその記載の全體からみてこれを「君」の字と判讀するに十分である。尤も右文字には一本の線(右鑑定人作成の鑑定書記載ニヨタレの部分)が描かれていてその部分は字劃からすると所謂實劃ではなく虚劃と認められるため「君」の字と讀むのに多少の困難を感じさせていることは爭われないけれども右線は他の部分にくらべ鉛筆の跡も極めてうすく筆壓の弱いものであつて記載の全體からみるとこの線があつても「君」と讀むのに差支ない。そして右の線は右のようなその態様からみて不用意の間に書かれたものと認められ別段他意あるものとは認められないからこれがために他事記載の投票ということはできない。また右一票は「大場」と漢字で「ツル」と片假名で「三」とあて字で書きその下部に右のように「君」の字を書いたものであるけれども全體としてこれをみるとき不眞面目な態度で書かれたものとは到底認められないしまた原告主張のような特別の意味を以て殊更に右のような記載が爲されたものとも認められない。要するに右一票は大場鶴藏の氏名の下に敬稱の類「君」の字を書いたもので他事を記入したものではなく同人の得票として有効といふべきである。

(二)次に右候補者の得票中に「大場鶴藏」の「藏」字の左側に點を書いたものであると原告の指摘する一票(檢甲第二號證)が含まれていることは被告の認めるところである。そこで右の投票に該當する檢甲第二號證の檢證の結果に基いて考察すると右の投票は毛筆で書かれたものであるが「藏」の字は多少くずした書體で書いたものであり原告の指摘する『〓』はその位置形状運筆の順序からみて草冠の起點として書いたもので「藏」の字の一部をなすものであること明かであつて右の『〓』のあることを以て他事を記入したものと認めることは到底できない。よつて右一票は右候補者の氏名を記載したもので同人に對する投票として有効である。

よつて右二票が無効投票であることを前提とする原告の請求は爾餘の點について判斷するまでもなく失當であるから原告の請求は棄却すべきものとし訴訟費用につき民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。

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